BLOG BY TORAKO

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映画JOKER【感想・考察】「ただの悪役物語ではない」

超傑作!超問題作!映画JOKER

こんにちは。

さっそくですが皆さん、映画JOKERはもう見ましたか?この前、私もやっと見に行くことができました。

あの映画・・・すごくない?やばくない?

今日は私の感想、私の考察を書きます。先週見たのに、正直、毎日JOKERのことを考えているほど、私に刻まれた作品でした。

以下、ネタバレを含みますので、まだ見ていない方はご注意ください。

 

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感想「ジョーカーになった理由は、”ある”けど”ない”」

見てすぐの感想はこうでした。

「『どうしてジョーカーは悪のカリスマになってしまったのか』なんて、軽率な疑問だった。」

つまりジョーカーは、誰でもなり得るんだなと思ったということです。

アーサーがジョーカーになるまでの過程を見て、人それぞれ感情移入できることがあるはずなのです。私は完全に感情移入してしまいました。

だからといって、ジョーカーの行動が許されることは絶対にないのです。が、私はスクリーンで見る悪の莫大なエネルギーにとても憧れるタチなので、ジョーカーを崇拝する人たちが街を火の海にしている場面は、震えるほど興奮しました。ジョーカーがタバコ吸って歩くシーンとか・・・かっこよすぎる・・・

 

さて、アーサーはなぜジョーカーになったかについてです。私の答えはこうです、わかりません(笑)。私が最も良かったと思う点の一つは、いつものアメコミと違い、ジョーカーになる明確な理由やいつからジョーカーになったのかが曖昧にされているところです。バットマンスパイダーマンも、何かしら理由がありますよね。だからなんとなく、フィクション性が強く、共感できる点が少ないのです。私はスアメコミ映画も好きですが、それは一つのエンターテイメントとしてです。この映画”JOKER”は、違います。明確な理由がないから、フィクションでありながらも現実に通じるものがあり、痛いほどに共感できてしまったようです。

それに、私はそれでいいと思うのです。だって人間誰しも、定義づけできないと思うからです。あなたは優しい。でも不安になる一面もある。あなたは笑顔が素敵。でも一人で多くの負担を背負ってる。そんなものですよね、人間って。だからリアリティと人間味があって、今回のジョーカーは素敵でした。(殺人等は素敵じゃないけど)

あなたにとってのアーサーがジョーカーになる瞬間、私にとってのアーサーがジョーカーになる瞬間、人それぞれに違いがあるのではないでしょうか。

 

あともう一つだけ。彼の言葉で「善も悪も主観」というものがありました。納得して大きく頷けるものでした。映画を見ていると常々思うことなのですが、誰を主役にするか、語り手がいるのか、それによって映画の色は大きく変わります。今回は悪役であるはずのジョーカーについての人物描写です。ジョーカーにとってはすべてが喜劇なのです、他の人が悲劇的だと言っても。だからバットマンも、ジョーカーにはかなわないんでしょうね。だって彼の悪行は、復讐のためでもなく、お金や名誉のためでもなく、ただコメディでしかない。愉快犯なわけです。客観的に見て〜とか一般的には〜とか言う人、たくさんいます。私も言います。でも、それはその人にとっての主観でしかないんですよね。うーん、なんとも哲学的。そしてなんとも挑発的。

 

考察

①この映画すべてがアーサーの妄想説

私の結論から言うと、これはないと思います。

アーサーの精神疾患から、この映画すべてがアーサーの妄想物語なのではないか、という考察があるみたいですね。私はそうは思いません。映画冒頭、トレイラーでも見ることができるシーンで、アーサーはこう言ってます。

 ”All I have are negative thoughts(ネガティブに決まってる)” 

これ、アーサーの妄想の中だったら言わないセリフだと思います。

作中で、あきらかにこれはアーサーの妄想だなというシーンはいくつかありました。例えば隣人のソフィーが恋人になっていたり。妄想の中でのアーサーは、胸を引き裂かれるほどの痛々しい笑いはしておらず、人間の温かみみたいなものをほんのりと感じられるような妄想でした。

 

それに、福祉経費削減によって、アーサーは薬をもらえなくなってますよね。後半からは市販の薬を買っているという描写があえてされているということは、映画前半は妄想ではなく本物だと考えることができます。

(妄想説が仮に正しいとすると、経費削減後妄想がひどくなって、ジョーカーになってみんなに認められてる自分いいわ〜っていう妄想になってしまいません?そうだったら私は悲しい。笑)

ということで、明らかなアーサーの妄想シーン以外は、すべてアーサー本人の現実話だと私は考えます。

 

バットマンの平行世界説

 ブルースの両親が銃で撃たれるシーンがあり、「あ!これバットマンのあのシーンじゃん!」と胸熱でした。でも、考えてみれば、バットマンシリーズでブルースの両親を撃ったのは、ジョーカーじゃないしな・・・。

そこでしっくりきたのが、監督のこの言葉。

コミックスは我々にとってのシェイクスピアだと思います。…これまでジョーカーにもいくつもの作品が作られてきた。だったら、いつもとはまるで違う作品があってもいいと思いませんか?

つまり、この映画でのジョーカーは、制作側の世界観でのジョーカー。コミックスのジョーカーとは別物。でもジョーカーにインスパイアされてる。みたいな感じでしょうか。たくさんあるじゃないですか、そういう作品。美女と野獣だってそうです。原作があって、他に映画にもなって、ディズニーのアニメ映画もあるし、ディズニー実写映画にもなりました。全部、ちょっとずつ違いますよね。そんなイメージです。

ジョーカーについては、いろいろなコミックが発売されていますし、どれが本来のジョーカーか、という位置付けはできないと思います。

 

なので、平行世界という感じでもあるのでしょうね。そんな物語もあってもいいよね、っていうことでしょう。それも含めて、世間がジョーカーを作っている・・・のかもしれません。

 

③すべてがジョーカーのジョーク説

これ、私は見た直後は思わなかったんですが、いろいろな方の考察見ても、そう考える方多いようです。ジョーカーに踊らされてたんじゃないか。最初から最後まで。

見てから少し経つと、そんな気がしてきます。だとしたら、ジョーカーすごいよね。もっと好きになっちゃうよね。だって最初から最後まで、私は誰もが同情の余地があるんだとか、私もアーサーの気持ちわかるときあるとか、思っちゃってたんだから。そりゃバットマン敵わないよね。これが全部彼のジョークなら、私は光栄です、彼のジョークに付き合えて。

 

④アーサーの親

まずアーサーは、トーマス・ウェインと母ペニーの子供だと知ります。でもその後、精神病院で母ペニーとすら血がつながってないと知ります。そしてペニーを殺しますよね。何もかも幻想のように思えたんでしょうね。嘘つかれてたのかっていう絶望感もあったでしょう。

ただ、アーサーがジョーカーメイクしてるときに、ペニーの写真の裏に「TW」というイニシャルが書いてありました。これは明らかにトーマス・ウェインですよね。

では何が本当なのでしょう。これに関して私の結論は出ていません。原作の、どこから出てきたでもない謎の雰囲気のジョーカーをリスペクトして、この描写にしたのでしょうか。

 

ペニーも妄想が起こる精神疾患をもっている。じゃあ、妄想がすべて嘘なのか?いや、そうではないですよね。だってTWって確かに書いてありましたから。「すべてが」嘘ではないわけです。

ここで私が無理やりですが繋げられることが一つあります。アーサーも妄想が起こる精神疾患ですよね。先程、この映画すべてがアーサーの妄想説をあげました。仮にこの映画がすべて妄想なんだよ、という捉え方をしても、全てが嘘にならないようにするための伏線なのかなと思いました。

 

 

 

まとめ

とても長くなりましたが、私が先週からずっと考えていることを、ある程度書き出せたかと思います。

この映画を見て何かを考え出すと、あそこはこうなんじゃないか、ここはあれなんじゃないか、と止まらなくなるほど伏線が張り巡らされています。そしてすべてが曖昧で、伏線すべてが完全に回収されているわけではありません。そこが面白いのです。

自分で考えたことを忘れないようにということでダラダラ書きましたが、みなさんはきっと、私と違った感想・考察になるはずです。ぜひ教えていただきたいですし、ぜひ考えてほしいのです。

こんな作品に出会えたことが嬉しいです。

それにしても、JOKERの監督、ハングオーバーの監督なんですよね。それにも驚きです。作風違いすぎる気もしますが、JOKERという作品が喜劇的なところは通じるものがありました。

 

今日はここまで。

ちなみに毎日こんなに長く書きません(笑)。ジョーカーは話題にもなってますし、私も考えをまとめたかったので長くなりました。これからは、もっとさらっと書いていくつもりです。

二日目の記事でした!

 

 

何処かの国のはるむ